「ローチェ/ネパール」

2022年07月19日

ローツェ(Lhotse)は、ヒマラヤ山脈のエベレストの南に連なる山。標高は8,516mで世界第4位。主峰の他に中央峰(8,414m )、シャール峰(8,383 m、東峰)がある。ローツェはチベット語で「ロー=南、ツェ=峰」の意で、エベレストの南峰であることを意味する。ローツェの頂上とエベレストの頂上は、直線で約3kmほどしか離れていない。ローツェの頂上に至る標準的なルートは、約7800mまではエベレストのノーマルルートと同じ道を辿る。 このルートでは、まずベースキャンプを出発してから難所のクーンブ・アイスフォールを越え、西壁を登る途中でエベレストに向かうルートと分岐し、最後に狭いクーロワールを通って頂上に至る。ローツェは、サウスコルと呼ばれる鞍部を経てエベレストにつながっている。ローツェの西側面は「ローツェ・フェース」として知られている。サウスコルを通ってエベレストへと向かう登山家は、この高さ1,125 mに及ぶ氷壁を登らなければならない。この氷壁は通常で40度から50度、場所によっては80度以上になる勾配を持つ。氷壁の上には「イエロー・バンド」「ジュネーヴのシュプール(ジェネバ・スパー)」と呼ばれる2つの岩場がある。ローツェ南壁は標高差が3,300mあり、世界屈指の大岩壁である。登攀は極めて難しく、ラインホルト・メスナーら世界の名だたるアルピニスト達の挑戦を退け、イェジ・ククチカやニコラ・ジャジャールらの名クライマーが、ここに眠っている。1990年(平成2年)5月にスロベニアのトモ・チェセンが単独・無酸素で45時間20分かかり初制覇したとされる他、同年秋にソ連隊17人中の2人が南壁の別ルートから登頂を果たしたのみである。なお、トモ・チェセンの登攀は登頂証明とされる写真が他人から借用したものだったこと、登頂時に見たとする景色がロシア隊や、後に挑戦したピエール・ベジャンなどの証言とあまりに食い違うことから、現在では疑義を呈されている。 2006年(平成18年)12月、田辺治を隊長とする日本山岳会東海支部隊が、冬季としては史上初の南壁登攀を達成した。ただし、体力を消耗していたため登頂は断念した。

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